おおきく振りかぶって 第3話おおきく振りかぶって第3話 練習試合 夕方、三橋は阿部と投球練習をしていた。 「全力投球のコントロールは限界ね。明日は試合だし、今日は念入りにダウンして上がって頂戴。三橋君、三星であなたと競ってた投手はどういう人なの?」 「え、どう…?」 「得意な球とか」 「あ、フォ、フォーク」 「フォーク…」 《あ、そうだ、だけど畠君は叶君のフォークを上手く取れなくて…》 『叶、10球付き合えるか?』 『フォークの捕球練習か?いいよ』 『練習時間内にお前と組めりゃ、お前に負担かけずに済むのにな』 『へへ、俺はエースじゃないんだから正捕手のお前とは組めないよ』 《そうやっていつも2人で居残り練習してた。してたの知ってて俺は…っ》 泣いてる三橋を見つめている阿部。 明日は遂に三星学園との練習試合。 「食休み終わり~。見て!!これは瞬間視と周辺視を鍛えるパネルよ。今日は瞬間視をやってみましょ。このマスにランダムに入れた1~25の数字をなるべく早く差すの。手を使うのは目からの情報に身体が反応するための神経回路を強化するためよ。目だけ鍛えても意味ないからね」 百枝は夕食後、部員達に“瞬間視・周辺視のトレーニング”を言い渡す。 「それ野球に関係あんの?」 「あるよ、例えばバント処理。球をとってランナーを振り返る時、一瞬打者走者が意識から消えるでしょ?だけど、この時、案外打者は視界に入ってるものよ。つまり見えているのに意識できないの。速読って知ってる?」 「速読ってあれだろ?こう本とかパラパラって読んじゃうやつだろ」 「そう。速読は眼球を早く動かすんじゃなくて、ページ全体を視界、つまり脳に入れることで速度を出しているの。瞬間丸暗記って言ったらイメージしやすいかな?。これって元々誰にでもできることなの。私達は学校で毎日毎時間文字を1行ずつ目で追うことで瞬間視、周辺視を眠らせる訓練をしてきてるの。だから、眠らせた能力をもう1度目覚めさせて野球に活用しようってわけ。やってみる人?」 「はい!!」 「志賀先生、タイムをお願いします。じゃあ、行くよ。よ~い、スタート!!」 「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23、24、25」 素早く数字を指差していく田島のタイムは7秒9だった。 「本当に差していたのか?」 「何で!?見てただろ。ちゃんと合ってただろ」 《ありがとう…うちに来てくれてありがとう》 その中で田島はダントツな成績を残し、その非凡な才能を皆に印象づけていた。 「さ、パネル5枚あるから2人1組で皆もやってみて。3回やったら自分のベストタイムを覚えておいてね。明日の打順、タイム良かった人から選ばせてあげるよ」 それでやる気を出した野球部員達は数字を指差し始める。 花井は18秒06であった。 《田島って物凄く凄い奴なんじゃ…!?》 「三橋、三橋!!」 そんな中一人、明日の試合のことで頭がいっぱいな三橋。 「ご、ごめん…」 「夜眠れてるかって聞いてんだよ」 「う、うん」 「嘘だな。明日の試合のことで頭がいっぱいか?三橋ってさ、野球部にいて面白い?お前、練習中もずっと緊張してるじゃん。合宿も4日目だけど、俺、お前と近づいた感じしないよ。お前、話しかけても真面目に返さないし、今だって心配してるのに嘘言うしさ」 《監督に三橋のこと言われたから、こっちは頑張って話しかけてんのに》 また泣き始める三橋。 「これじゃ、俺が苛めてるみたいだろ。一応言っとくけど明日は全力投球しないでサイン通りに投げてくれよな。出なきゃ負けるぞ」 「《何言っても呆れられそうで恐くて何も喋れない。阿部君に嫌われるのが恐い。阿部君に嫌われて、もしここでもサイン出してもらえなかったら一大決心して三星を出た意味がない》 その夜も不安と緊張で眠れない三橋。 《それともやっぱり俺が駄目なのか…?…っやっぱり俺はピッチャーやれる人間じゃないのか?》 三星学園高等部 硬式野球部専用グラウンド 「すぐにアップ始めるよ」 《皆、いるんだろうな…》 アップを始めている西浦の野球部員達。 「初陣だっつうのに特に緊張もないみたいね。ただ1人を除いては」 三橋は緊張しすぎて投球のコントロールできていません。 《酷ぇな。このコントロールの悪さは全力投球のせいじゃないぞ。こいつ、ビビリまくってる。どうにかしねーと》 「なぁ、西浦って共学なん?」 三星の野球部員達が喋りながらグラウンドに入ってきます。 「おーい」 三橋は走って逃げていってしまう。 「おい、どこ行くんだよ」 「叶、どうした?」 「三橋がいたんだ」 「何、どこ!?」 「部室棟の方へ走っていった」 《「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…》」 「おい」 「は…畠君…」 「相変わらずムカつく喋り方してんのな。お前、何でまだ投手やってんの?それでなんでうちに試合とかしに来てんの?お前、自分が俺らにどう思われてるか知らないわけじゃないだろ。お前が身内びいきに胡坐かいてエースやって、中学の3年間負け続けたことをまだ誰も許してねえよ!!やっぱ、あの時、腕折っときゃ良かったか?そんくらいやんねえとお前には分かんねえか!?」 「三橋。あ、ちわっす」 「ちわ。じゃあな、三橋」 縮こまって震えている三橋。 「腕折るって何?おい、マジでそんなことされたんなら黙ってちゃ駄目だぞ」 「は、畠君は叶君に投げさせようとして…でも俺がマウンドを降りないから」 「だから腕を折るってのか!?」 「やんなかったし…それに畠君は悪くないんだ…。だって叶君の方がいい投手だし…皆に好かれてるし…俺は嫌われてるし…」 《兎に角、こんな状態じゃまともに投げられない》 『阿部君は捕手を分かってない。私のしたこと、三橋君にしてごらん』 阿部は三橋の手を握り締める。 「大丈夫、お前はいい投手だよ」 「嘘だ~…」 「いい投手だよ!!」 「嘘です~」 「いい投手だって!!」 「嘘だぁぁぁ…ぅ…」 《くっそ、俺が監督にこうされた時はすぐに折れたのに、こいつなんて頑固な…。それにしても冷たい手だ。緊張してるんだな…。あ、指先が硬い。肉刺がタコになってるんだ。スライダーのタコ、シュートのタコ、こいつはこのタコを作るまで、あのコントロールを身につけるまで一体何球投げたんだろう。こいつはこんなに努力してんのに…》 「やっぱり…ひっく…俺なんかな、投げちゃ…」 《頑固なんかじゃない。自信がないんだ。こんだけ投げても自信持てないんだ…。中学の時の奴らにこいつから根こそぎ持っていったんだ。こんだけ努力している男を理解しないままチームから追い出したんだ》 三橋の手を涙を浮かべながら強く握り締める阿部。 「お前はいい投手だよ」 《ムカつくけど、イライラするけど…》 「投手としてじゃなくても俺はお前が好きだよ!!」 「…!?」 「だってお前、頑張ってんだもん」 《こいつのために何かしてやりたい。こいつの力になりたい。――…!?それが。捕手か。手が温かくなってる》 「俺、頑張ってると思う?」 「思う」 「お、俺、ピッチャー好きなんだ」 「分かるよ」 「そう!?阿部君分かる?!」 「うん、分かる」 「俺…それで俺…勝ち、たい…」 「勝てるよ!!」 《阿部君、呆れない。阿部君は俺のこと…本当に俺のこと認めてくれるんだ》 「お、俺も阿部君が好きだ」 「ど、どうも…」 《言うのはいいけど、言われんのは微妙だな…》 「さ、行こう。試合前に各打者の特徴を教えてくれ」 「はい!!」 《三橋って実は簡単な奴かも》 「わ、私がですか!?そんなのできませんよ。ウグイス嬢なんてやったことないのに」 阿部と三橋がグラウンドに戻ってくる。 《デカイな》 グラウンドに織田が立っていた。 「こんにちは。」 「ちわっす」 「ちわっす」 「自分ら女子おってええな」 「知ってる奴か?」 「知らない」 「関西弁だった。三星って西から選手引っ張ってくるような学校なのか?」 「スポーツ推薦はあるけど…」 《2人いっぺんに戻ってきた》 「そんな遠くからは来てくれない」 「篠岡、メンバー表見せて」 「はい」 「そういえば今年凄いのが入るとか…」 「知らないの、どれだけいる?」 「んと、4番と6番と7番、8番、後は皆元チームメイト…」 「4、6、7、8は知らなくて他は知人か」 「三橋!!」 マウンドに立っている叶が手を振って話しかけ、ノックなのにフォークを投げる。 《あの握りはフォーク!!》 叶のフォークに驚いている西浦野球部員達。 「大丈夫だよな、田島。お前なら今のフォーク打てるだろ?」 「俺はどんな球でも打つよ。一試合やって打てなかった球ないもんね」 《やべぇ、田島がカッコイイ》 「頼むわよ、田島君。今日は大事な試合なの」 「大事って?」 「この試合に勝って初めて三橋君がホントにうちの仲間になるのよ。皆、三橋君が欲しい?」 「欲しい!!」 「エースが欲しい?」 西浦野球部員全員が欲しいと答える。 「よし」 西浦野球部員は円陣を組む。 「勝ってエースを手に入れるぞ!!」 「「「「「「「「「おう!!」」」」」」」」」 「三橋、俺すぐ打順だからあとキャッチボール泉とやってくれ。じゃ、立ったままよろしく」 「はい」 《阿部君は勝てるって言ったんだ》 「この試合に勝って三橋が仲間になる、か。三橋って確かに中学時代から脱出してない感じだよな。多分チーム内ですっげぇ嫌われてたんだろうな。接し方が元チームメイト同志とは思えねえよ。向こうはシカトだし、こっちは逃げまくってるし」 「ま、あいつのしたことを考えりゃ当然かもね。相手に恨まれてるだろうし、三橋も恨まれて当たり前だと思ってる。三橋は元チームメイトへの罪の意識でいっぱいで学校変わった今でもあいつらにひれ伏したままなんだよ」 「罪って三橋が投手を降りなかったことせいで3年間負け続けたってあれか?」 「このチームにひれ伏しても公式戦ではまず当たらないからいいけどね」 「よくねえよ!!三橋のあの腐った負け犬根性、すぐにめそめそして人をイラつかせるあの態度、あんなんがマウンドにいちゃ勝てる試合も落とすっつうの。あの厄介な性格の元を作ってんのは中学時代の暗い思い出なんだよ。確かに三橋はチームの為にならないことをしたんだろう。けど、うちに来た以上いつまでも中学の奴に縛られてたら困るんだ。この試合に勝てば三橋は一歩踏み出せると思う。あいつの為にこの試合、どうしても勝って欲しいんだ。頼む」 「別に負けるつもりはなかったけど、お前の言うことは分かったよ。今日の試合はただの練習試合じゃなく、うちの投手の将来が決まる試合だと思えってことだな」 「さっきの監督の掛け声には勢いでエース欲しいって答えちゃったけどよく分かったよ。気合入れる」 「分かった。テンション上がった!!」 「先取点入れよう!!」 《阿部君が投手の為に動いてる。私がこの試合を組んだ意図は阿部君の言った通りだけど、うちにとってこの試合、もっと大きな意味を持つかもしれない》 《阿部の台詞、後で三橋に教えてやろう。あいつ、感動してそれだけでもオドオド病が治っちゃうかも。やや、勝たなくちゃ駄目だ。初球セーフティー狙う》 『1番、セカンド栄口君』 叶の球を栄口が3塁へ向かってバウントして1塁へ走るが、アウトになってしまう。 《完全に3塁に取らせたと思ったのにピッチャーが処理しちゃったよ》 『2番、ファースト沖君」 沖もアウトになってしまう。 『3番、キャッチャー阿部君』 《2アウト、ランナーなしか。もしかして三橋が気にしすぎてるのかもと思ったけど…。初速は120ってとこだな。1年の春でこれなら合格点だよな。くっそ、雰囲気あるな。ストライク先行だし、サインに首振らないし。1球遊んで…》 《2-1から早速来るか?フォーク》 阿部もアウトになってしまう。 《決め球もある。まぁ、確かにいい投手だな。でも次は打つ》 「あ、阿部君…はい、これ」 三橋が阿部に防具を渡す。 「あぁ、サンキュ」 「足の付けます」 「おい、俺の後ろに隠れても無駄だぞ。マウンドには隠れる場所ないんだからな」 次回、「プレイ」 ジャンル別一覧
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